長らく更新をさぼってきたが、 いままた折に触れて更新をしていこうという機運が高まっている。 書きたい、 書くのだという意思がいま明確にあるというわけではない。 ただ久しぶりに気まぐれで本やら人のブログやらを読んでみたときに、 漠然とまた人生のこと、 …

8月の終わりがけにようやく夏休みがきて、少し気分が落ち着いた。2週に1度のペースのセミナーはたるみと焦燥感が嫌な具合でマッチする。先週から今週にかけては予習を先延ばしにしてNetflixに浸かり込んでいた。寝ているかドラマをみているか。ベッドタイム…

ニケとゼロとで平壌冷麺をいただいてきた。ちょうど昨日は平均的な人間の平熱よりも2度ほど高い、発狂ものの猛暑日だったので、気候を含めておいしく食べられた。スープは酸味がきいてあっさりで、麺はおそらくこれまでの人生で食べてきた中でいちばんシコか…

ぼくはどんな文章を書くことにやりがいを見いだしているのか

他者に宛てたものを書くことのおもしろさ、そしてやりがいをかみしめている。ごく簡単なメモ書きから、仕事の報告書、心をこめた礼状、じっくり取り組んだ課題のエッセイ……。一方でこのブログで書くのはとてもしんどく感じてしまう。どうして同じ「書く」こ…

やっぱり誰かと一緒にわいわい数学をやっているのがいい。ホワイトボードを囲んでする問答のおもしろいこと。図書館でめいっぱいやってから外に出た瞬間頬にあたる風のなんとさわやかなこと。みんなで一緒に食べるタイカレーのおいしいこと。 そうしてみてぼ…

台北旅行 (1日目)

前回のエントリからずいぶんと間があいてしまった。無事免許を取得できたりなんやかや細かいことはいろいろあったけれども、個人的ビッグイベントとして2泊3日の台湾旅行があったのでそれについて書く。 卒業旅行(今度こそ本当に卒業!)として、連れと台北あ…

1月下旬から2月第1週までゼミの仕上げにあくせくしたり、名古屋やら東京やらへ飛び回ってはなはだ忙しかった。そのつけがいよいよ回ってきて、東京から帰ってくる日にインフルエンザを発症した。B型だった。帰宅してから1日待って病院に行った。特効薬を吸入…

最近は至極内容の浅い、自分で読んでいて薄ら寒いものしか書けていなかった。気づいたら世界の周縁部にぽつねんと座っていて、何事かなさねばならないとか、人生を構築し直さなければならないとか、そういった義務感とも使命感とも自我の欲求ともつかない(あ…

数学は人生を豊かにしてくれるが、人生そのものを成り立たせてはくれない――というようなことを思って電車にのっていた。こと人生が自分の手から滑り落ちて、転がっていくのを追いかけるのに精一杯であるときにやれるものではない。数学から暮らしを整えると…

今日も距離が入らなかった。突然どうしたと疑問がくるので先に答えておくとp進距離が導入されなかったのを苦にしている。整数論をやるとなったらきっと通る道だそうで、環に距離が入ったら完備化、完備化できたら位相の定義、位相が入ったらおめでとう、アデ…

腹立ちぬ

教習所の教官には、可能ならばとなりで運転すること謹んでお断り申し上げたい部類がいくらかいる。大同小異周辺からそのように脅かされてきたから、どんな魔境やと前頭葉に負担をかけて入所からしばらく過ごしてきたが、何のことはない、大抵平成的にあっさ…

店員にタメ口をきくのは是か非かという問題は近頃ぼくの観測範囲に入ってこないようだけれどもどう解決したのか、していないのか、わからない。正直に申すとこの論争にさほど興味をかき立てられるどころか、両陣営ともと縁のあるところで生活をしているため…

昼に短時間バイトをこなしてから、発表の準備をしたり、その合間休憩にNK-POPを歌ったりしていた。ブログを更新しようとも思ったが、書けないまま画面の前で自分がフリーズするというおなじみのパターンを繰り返していた。書きたいことがないわけではないが…

もっともプライベートであるはずの時間でさえ遠慮なく現れて、ぼくを監視し責め苛む者がいる

さんざん日本で生きてきていまさら季節に文句を言ってもせんかたないこととは承知しつつ、いやに寒くなってきた。この時間経過とともに階段状に寒くなっていくところが大変いやらしい。秋の存在に疑問をもつ。こうなるとますます外に出るのに勇気がいる。お…

中学生男子は互いの股間をまさぐり合う傾向にある

連れにいわれたことがある。「にーさんの中には女の人がすんでる」。まあこういわれると、自分でもある程度たしかにそうかも知れないと納得しているところである。昔から人の体に触れるたびに手つきがいやらしいといわれてきた。 はっきり記憶に残っているの…

それは誰のせいか それは誰の手柄か

実際、自分の人生の成功や失敗はどれくらいまで自分自身の責任であるのだろうか。どこまでを自由の因果として引き受けるべきで、どこから手放してよいものか。 例えば、意識の間隙を巧妙にすり抜けてわたしをいましめているように見える呪縛(dead dogmata)、…

「正しい人」との再会

レ・ミゼラブルを読みかえしている。まだはじまって50ページにも到達しないが、早速熱いものがこみ上げ、こらえきれなくなった。ミリエル司教のところでなみだがぽろぽろとこぼれた。どうもこれまでの人生で苦痛のうちに手放してそのまま投げやりになってしま…

愛宕山ケーブル駅跡にて突然の死

朝の9時半(早い)に起きて3人で愛宕山に登った。ぼくとニケと、もうひとりにはこのブログで名前をつけていなかったので、仮にゼロとしておく。ゼロはニケと同じく学部の友人である。ゼロは前日のサークルの飲み会後で二日酔いに襲われていた。 ボーイスカウト…

技能教習を受ける。いよいよ練習の総集編たる検定コース巡りがはじまった。場内は狭いから合図を出すのがおくれてしまいがちだ。曲がったら直ちに交差点という箇所がいくつもあるので30m手前も何もあったものではない。結局経路と手順を暗記するよりしかたな…

性において精進鍛錬せねばならない

ぼくは、性においては人一倍傷を負ってきたと考えている、そのような節がある。性についての傷跡は敏感で、そこへ苦情が入ったりすると、それがたとい冗談めかしたものであったとしても、容易に心神を摩耗するというような心理上の弱点をなしている。苦情が…

ここ1週間ほどはやや忙しい日が続いており、今日ようやくまともな休息日を得て家でゆっくりしている。この後また用事があるので出かけることになっている。具体的に何をしていたか、少しく書き連ねてみる。強いてくだくだしく文章の体をとったところでむなし…

このところ、信頼を置くとか自分をゆだねるとか、そのような標語がしばしば脳の中心部を占めていた。自分はまだうちにひきこもっている、人を信頼できていない、自分のからを破れていない、どうにかしないといけない、と。ところが、この信頼とか委ねるとい…

信頼して、素直になれば大丈夫、大丈夫であるはずなのに

久しぶりに発表で炎上した。それもぼくがぼく自身としていちばん許せない形の炎上だった。準備段階で(試みたが)理解しきれなかった箇所があるのをきちんと自覚し、そこを発表段階で指摘されたら「わかりませんでした」とすっかり白状する――これはまだよい。…

ぼくはもともと普段から自意識におぼれているというわけではないのだが、いかんせん、何かを自由に書くとなると、どうしても自分のことを書かずにはいられないように思う。いや、自分から離れたことを書くことができない。学校の課題として何について書けと…

ブログを分けるかも知れない

このごろはこのブログが言葉遊びの冗談半分の日記、淡々とその日あったことを書くだけの記録のようになってしまっている。やっぱりぼくはこのブログのタイトルにあるような愛・死をはじめとした、いろいろの内的な経験を整理して、意味を求めるようなものにし…

MT技能教習と関西おばちゃん教官の豪放な励まし

明日、というよりも今日この後2回目の技能教習がある。あれは見た目以上にデリケートで難しい。クラッチの操作が半クラやらなんやらでトリッキーであることは承知していたが、いやいや、それ以前にアクセルの踏み方からして繊細さを要求される。ゴーカート気…

連れの卒論の手伝いなどをしているうちに、自分が卒業するために必要な授業に出ることを忘れていた。いつの間にかこの曜日は1日全休であるという勘違いが発生しやすい思考回路になっているような気がする。何回の出席が必要と定められているわけではなく、最…

小遣いを受け取る心苦しさを書きかけて

昨日はお小遣いを受け取るときの心苦しさを中途で書きさした。いまこの書きさしたという事実を記すのでさえ、相当なためらいをもってしている。借り物でもなければ、何かの対価でもない、使いみちも指定されていない、ただひたすら受け取り続けるだけの金。…

なんだかんだ言って、それって「自己弁護」じゃないの??

中高時代からの友人と飲んだ。彼は、今年の春から修士過程でうちの大学でドイツ思想を中心に研究を進めている。思想というからには哲学にも当然触れないわけにはいかず、したがって(まだ初学者ではあるようだが)ヘーゲルなどをやっているらしい。 哲学をやっ…

信頼できる人たちに恵まれて、はじめて自分自身でいられる

信頼を置ける人たちがいてくれるということのありがたさを痛感する。はるか昔の漠然とした不安感・孤独感・雑踏の中で自分の居場所が見いだせないという苦しい状態から、少しずつではあるものの脱却しつつあり、それに伴って視界がクリアになっていくのを感じ…