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ぼくの共依存体験について

下書き 内観 昔話

ぼく自身は、といえば、軽い共依存状態に陥っていたのだと思う。

 

「不幸」なバックボーン。

極端に不安定な現状。

このふたつが同時に強い相関性をもってあらわれてくる。

ところがみんなの目に映るMは明るく振る舞う彼女であり、そのような事情は「恋人役」であるぼくにだけに見えている。

事情が事情だけにほいほいと他人に相談できることではなく、気がつけば見えているものをひとりで抱え込んでいた。

親には相談したが、「自分の彼女のことは自分でなんとかしなさい」といわれ、これ以降ぼくは周囲の誰かに相談することをあきらめた(後に親はこれについて「一生の中でこれ以上に悔やんだことはない」といった)。

 

そしてぼくの中で葛藤がはじまる。

彼女の予測不能で不安定な反応がぼくの精神的疲弊の外的要因であるとすれば、これは内的要因、自ら作り出した要因であるといえる。

「彼女は安定した帰属先を欲しているのか、では自分がそうなる努力をすればよいのではないか」

「いやいや、これは本当に彼女のためになるのか」

「しかしこのようなことを聞くことはできそうにない」

「そもそもこのようなことを考えること自体が彼女個人の領域を侵す行為であって、やってはならないことなのではないか」

「いやしかし彼女はもはや自分に責任を持てないほど苦しい状態にあるのではないか。それならばやはりぼくがなんとかすべきではないか」

「一体何が問題なのだろうか。彼女は彼女なりに生きているのだ。不幸にあえぎ時々自己憐憫に浸りながらなんとかやっていく彼女の生き方を問題視して、それを無理に変える権利はぼくにはないのではないか」

こうしていろいろ考えていくうちに、引き際を見失った。

この頃にはすでにうつ状態に陥っていただろう。

ぼくはなすすべなく非生産的な関係にしずんでいった。

 

ただ、本当に身体が動かなくなるまではしばしば「自他の境界」を意識し(ようとし)ていたように記憶している(途中で読んだアダルトチルドレンの本の影響だったかも知れない)。

そういう意味でぼくの共依存は「軽」かったのではないか。

 

 

共依存症とは編集