「自分が打ち込んでいることに対して、どのような取り組み方があるだろうか」というたわいない疑問がふと頭をよぎった。直ちに思いつく方向性はふたつ。ひとつはいわば「競争志向」で、他人と意地を張り合いながら勝った負けた、悔しい誇らしいを繰り返し、全体における自分の序列を感じ取る中で、さらなる努力し向上を目指すタイプ。もうひとつは「生きがい志向」で、得意分野を自身のホームとみなし、そこでの活動に安心感、生きがい、没入感、自身の解放を見いだすタイプ。

 

人と比べるのが好きな人はどんどん競争したがり、自分の大切な取り組みを外側へ向けるのが不安な人はひとりで一見淡々と取り組み続けるものではないだろうか。ぼくはやっぱり負けるのが嫌だから、「生きがい志向」なのだろうかと思った。語学、特に英語への思い入れはひととおりではないので、ぼくはこれをここにはあまり学習記録を書いたりせず、自分のペースで伸ばしたいと考えていた*1

 

でもよく考えてみると数学については人よりいい点数がとりたいと思う。あいつらよりもできるようになれればいいなと。いまのところだいぶ苦労していて、友達にも教えてもらってばかりだが。だから「競争志向」か「生きがい志向」は当人の本来のひととなりばかりでなく、個人の取り組みの対象ごとにも決まりうるものらしい。

 

ぼくにとっては語学はすでにホームで、ますますこれを強固なものにしたい。ただ学び続けてますます安心感を高めたい。世界中の人と会話して、英語で夏目漱石やらドストエフスキーやら読んで、英語によって自分自身を自在に表現できるようになりたい。自在に表現できるようにというのは大変な話で、日本語ですらフィットする言葉探しに苦労しておきながら結局妥協して適当にすませてしまうことしきり、母国語でそんな状態なのだから、望むところは山より遠く空より高し。語学は命や。

 

とはいえ、実は最近"got into a rut"の感があって、やはり競争の"濁流"へ向かって英語学習とともに飛び込もうかと考えている。例えば各種コンテストやらに出てみたり、資格試験(TOEICなど)を受けてみたり。昔からどうも"実用的"な学習は気が向かない文学少年タイプ(?)なのだが、自分の狭い世界に閉じこもってばかりいるわけにもいかなくなったと思って、観念してしまおうか。

 

あるいはもう少し、語学の天才といわれていたような関口存男井筒俊彦あたりを見習って、自分の殻に閉じこもる姿勢でやるか。

*1:以前に学習記録を書き始めようとしたことがあったが、こういう事情もあってストップしている。もし何か新しい学習ブログのアイデアが生まれたらまた試してみてもよいかも知れない