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白浜旅行

南紀白浜へ、友人の青春18切符を使い切る旅行に出た。朝8時過ぎに集合し、車内ボックス席で口を開けつつ寝て、着いたのが13時半。長距離移動の精神的な疲れは、値段の割に質の高いホステルと白良浜の澄んだ海水が直ちに吸い取ってくれた。

 

初日のハイライトは三段壁。煽情的な表現をするならば、日本のグランドキャニオンということになる*1。投身自殺も多いようで、近くに慰霊碑や自殺防止の看板が立ててあったが、それでも人の命を取り去る重力ポテンシャルを持ったポイントは無数にあり、またそこへ通ずる石畳の小径も少なからず用意されていた。縁へ近づくのは自己責任ですよという白浜町のメッセージを感じ取った。

 

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眺めがどれだけの壮観であったか、私の撮影技術では持ち帰ることができない。私の撮る写真はいつだってその場で得た体験を矮小化する。ただ、左上にうつり込んだ人影を縮尺に、もとの体験を想像していただくことなら可能かも知れない。


2日目は海に半分突き出た露天風呂、崎の湯温泉が素晴らしかった。まず建物らしい建物が存在しない。脱衣所は屋根のついたバスの停留所ほど狭く簡素なつくりで、そこを抜けたら後は女風呂との仕切り以外に壁は何もない。ほぼ全方位から丸見えである*2。そのような他者の視線は、はじめこそ意識されたが、20分ほど海を眺めながら湯に浸かっているうちにどうでもよくなった。しばらく湯に浸かったら、横の岩の上に座り春の潮風で火照った体を冷ます。風呂に当たって砕ける波の複雑でやさしい音色が心地よく脳を満たし、脳裏に澱んでいた観念を洗い流す。まぶたを閉じてみると、いよいよ時間そのものを忘れそうになる。なぜこの場を動かねばならないのだろうか。一体何が私を動かすのか。これが母親のうちに眠る胎児の感覚だと言われれば納得しただろう。

 

結局2時間弱を過ごした後、半ば友人に連れ出されるようにして崎の湯を後にした。石鹸、シャンプー、リンスの類は持ち込み禁止だが、精神の洗浄能力においてこの右に出る温泉を私は知らない。

*1:三段壁は崖でグランドキャニオンは峡谷である。崖について何らか語り得るに足る知識のなさがうかがい知れる

*2:実際私たちは数百メートル先にある海に突き出た展望台に訪れる観光客を視認した