ビワイチ(北湖一周)に行ってきた

琵琶湖の北湖を自転車で一周してきた。もともと2泊3日(ビワイチ初心者の標準的な日程)でのんびりと回りきる予定だったが、帰りの日時がちょうどレンタサイクル屋の休業日と重なったため、1泊延長することとなった。結果的にこの延長によって命拾いすることとなる。

 

第1日 (9月12日 米原市JR米原長浜市JR永原 約40km)


天候不良でJR遅延に見舞われ、いきなり出鼻をくじかれる。10時出発予定であったところを大幅に過ぎ、13時に米原駅出発、反時計回りにひたすらこぐ。長浜あたりで小雨に降られ、この後の雲行きを憂慮するも致命的な大雨には至らず。

 

昼はJR長浜駅前にあるEldoradoというブラジル料理屋でハンバーガーとクプアス*1という果実とミルクのミックスジュースをいただく。どうもぼくにはエキゾチックなメニューを見つけると間髪を入れず飛びつくインターナショナルな癖がある、という連れは無難にイチゴミルクを選ぶ。平日とは言え昼にほかの客がいないこと、品書きの写真が貧相に見えたことに一抹の不安を覚えたが、予想以上にしっかりしたハンバーグとフレッシュジュースに舌鼓を打つ。近辺にくることがあれば確実にもういちど行きたい。

 

賤ヶ岳で日没を迎え、われわれはいよいよ死に至る病にかかる。死に至る病とは絶望のことである。宿を今津にとっていたが自転車では到底たどり着けそうにないため、とにかく永原駅までこいで、そこから電車で宿へ行く予定だった。永原までならなんとかなると思っていた。ままならない。

 

半泣きで10kmを歩いて、夜の22時に今津の宿に到着する。夜は近所でラーメンを食べた。


第2日 (9月13日 長浜市JR永原→大津市JR近江舞子 約40km)

 

前日とは打って変わって天気に恵まれる。道も平坦で、ずんずん進む。前回サルをみかけたルートは崖崩れのおそれにより残念ながら閉鎖。その代わりに、とレンタサイクルのスタッフさんにメタセコイアの並木を通るルートをすすめられていたが、のぼる坂をひとつでも減らしたいという気持ちが上回り、今回は見送ることになる*2高島市大津市の市境にある白鬚神社のあたりで交通量が多く狭い車道を走らねばならなかったことをのぞけば、さしたる問題なくゴールに到着。電車でピエリ守山の近くにとった宿へ移動。アサヒの缶ビールを開ける。


第3日 (9月14日 大津市JR近江舞子東近江市JR能登川 約50km)

琵琶湖大橋がつらい。昼はピエリ守山で食べる。客の入りは多すぎず少なすぎず、平日並といった印象だ。一時経営悪化と改革でニュースにもなっていたが、最近の売り上げはいかがか……とよその心配ができる余裕がわいてきている自分に気がつく。


第4日 (9月15日 東近江市JR能登川米原市JR米原 約30+km)

最終日はそこそこ時間が余りそうなので、湖岸のレストランで優雅な昼食をとりつつ、彦根城を訪れる。ひこにゃんのパフォーマンスを見届ける。時速1kmほどで歩いて登場し、相当ゆる~~~いパフォーマンスをしていたのだが、それでも中の人はかなりしんどいらしく、途中で水分補給をする。ふなっしーのフィジカルがどれだけ異常かがよくわかる。

 

優雅なお昼。ただしこのレストランは9月末で閉店になる。残念。

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ひたすらシャッターチャンスを提供し続ける熱心なひこにゃんと、シャッターを切り続ける忠実な観衆。アイコン化不可避。

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再び米原市に突入するとさすがに名残惜しくなってくる。 

 

もう終わりか。この名残惜しさがぼくを次の自転車旅へ駆り立てる。

 

記録

総計 179.31km

平均速度 11.3km/h

 

*1:クプアス(Cupuaçu)とは中南米産の熱帯雨林の果実で、ウィキペディアによると、果肉はチョコレートとパイナップルを混ぜたような芳香を持つ(店の主人は「アルコールっぽい味」と描写していた)。日本語版のページが存在しなかったが、それだけ日本における認知度が低いということなのだろう。おいしいのでアサイーのように広まって、手軽に手に入るようになってほしい

*2:いずれ高島市針江地区の川端見学をしたいと思っているので、その際に足を伸ばしてみようと考えている

ビワイチ(自転車による琵琶湖北湖一周)前夜。ずいぶん昔にニケの友人と回ったので、ぼくにとっては2回目にあたる。今回は連れと回る。レンタサイクル屋の都合もあって3泊を予定しているので、ずいぶんゆったりした旅になるだろう。

 

憂うは明日の天候である。予報では一点の曇りもない傘マークがついており、あとは程度問題である。最悪の場合ビワイチを中止し、電車で宿泊予定地まで行き、そこを拠点に1日のシティサイクルで周辺を観光することになる。ただ、連れはこれまでママチャリに乗ると3回中2回程の割合でどこかで派手に転げて怪我をしているというデータがある。自転車そのものに乗り慣れていない連れにとっては、イキナリロードバイクで150kmもの距離を爆走するよりもシティサイクルでのんびりやって、次の機会にビワイチ挑戦となった方が安心かも知れない。

 

もう少し吟味しながらなかみのあることを書きたかったが、手許にパソコンがない上に朝は早いので、おやすみ。

もう少しだけありのままを書きたい

サークルの合宿前夜、この時刻に至ってなお眠れないから、いっそ開き直ってパソコンを立ち上げブログでも更新することにする。こういうときに限って余計なことを考えてしまう。それも合宿に関わることではなく、院試のことやら、卒業ゼミのことやら、今度行こうとしているビワイチの日程調整のことやら、ぼくの書くこのブログのあり方やら、てんでんばらばらのことが次つぎと頭の中を駆け巡る。入眠のためには頭を使うのはよくないから、結論の出ないうちにさっさと思考放棄してしまうのだが、うち遣ったところにまた別のことが頭の中に流入してきて、連続的でとりとめのない考えがぐるぐるとひっきりなしに、意識の俎上にのぼっては、いつの間にやら消失している。


その中でもひとまずブログのありかたについての所感を書き連ねてみる。書いていたらほどよく時間が経っているだろう。


ぼくはブログに書こうとしていることを、恐れずに、もう少しだけ素直に書きたい。


これまでは何かにつけて具体的な情報を、ほとんどの場合、ひた隠しに隠ししたり、書いたとしても適当にフェイクを入れてごまかして書いてきた。例えばこれまで「サークル活動」とばかり言ってきたが、何のサークルかはついぞ明らかにしてこなかった*1し、さらに直近の例でいうと、「近所の商店街のモスバーガー」と書けばよいところを単に「ファストフード店」とのみ書いて済ませてしまったりした。しかし、これではせっかくやり始めたディベートのことについて何も書けないし、マクドではなくモスだからこそできる話もできない。具体性を切り捨てることで、書くのに使える材料が著しく制限されてしまっているというわけだ。もっと言えば、ぼくがこのブログで日記として投稿した体験の多くは、具体性とともに独自性が流失したものとなってしまっていたのだ。そういうものは当時の記憶が薄れてしまってから読み返したときに、感触の不明瞭な大味の文章に感じられてしまう。いわば「(書き手にとって)賞味期限のある文章」になってしまう。ましてや、ぼくの体験を共有していない読み手からしてみれば、「何のことやらフェイスブック文学*2」状態になり、誰にとってもうまみの少ないことになってしまう。


ぼくは悪感情や軽蔑を恐れすぎていたと思う。3回生まではディベートもやっていなかったので、自分に最も関係のあるコミュニティといえば学部の数学科だったが、それに対してかなり偏った印象を持っていた。それはそこに属する学生とほとんど実際に知りあい交わることができなかったことによって洗い流せなかった先入観であった。例えば「(数学ができないので/できなければ)人権がない」といったような発言を小耳に挟んだりして、しばしば傷ついていたりした。まさか自分めがけて放たれた言葉だと信じていたわけではないものの、しかし、ひとつには自分自身があまりできるわけではないことを自覚していたこと、もうひとつに、「誰かを意図的に攻撃しようとしたのではなく、ある必要に迫られて出てきたこと」*3なのだろうと自分を納得させることができなかったことで、ぼくはなかなかの息苦しさを感じてしまっていた。


でも、いまはそれはほとんど自分で作り出してしまっていた息苦しさだったと確信を持てている。ディベート、卒業ゼミ、院試ゼミという場で人と交わることで、しんどかった先入観にようやく求めていた修正が加えられはじめた。たとえこれからブログが知人の発掘するところとなったとしても、いまなら受け止められるような気がする。

 


ぼくは、まあ、がんばってぎりぎりのところを生きてきましたし、いまもそうです。みんなもそれぞれにがんばってなんとか生きています。うまくいくことばかりでもないでしょう。その軌跡を無闇にぼやかさずに、もう少しありのままをのこしておく行為それ自体によって肯定したいと思うわけです。

 

そろそろ出発しなければ。

*1:実は4回生になってからはじめたパーラメンタリー・ディベートのことを指している

*2:典型的な例でいうと、インターンやサークルのイベント、各種勉強会などに参加した学生が、その内容にほとんど言及せずに「いい経験になりました。みなさんとの出会いに感謝」といった、当事者にしかわからないような投稿。もっとも、これについては主催者・他の参加者へ向けた挨拶・お礼の意味が込められている点において、ぼくが自分で問題にしている事柄とは本質的に異なる

*3:それは吐露されることを必要としている一時的な苦い感情かもしれないし、あるいはその会話の流れ・雰囲気かも知れない

釜玉チキンラーメンなるものが存在することを教えてもらった。チキンラーメンを1分ゆでて、ゆで汁を捨てて、麺に生卵をかけて、お好みのトッピング(のり、ごま、ねぎなど)を添えて終わり。簡単でおいしい。おつまみにぴったり。

 

それから人生初のビアガーデンで友人2人に慰労会兼ぼくのおたんじょうび会を開いてもらった。シェパーズ・パイがジャンキーでおいしかった。ビールは4杯ほど飲んだ。4000円で食べ飲み放題とはいうものの、4000円相当は到底胃に収まらないということを思い知り、今後一方的に下り坂を下るであろう消化器・代謝能力に憂いを禁じ得ない。

 

ビアガーデンが閉店した後は友人邸で2次会。そこで友人2人が考えに考え抜き丁寧に包装してくれた誕生日プレゼントを開いた。

 

 

なるほど、つまり君たちはぼくのことを――。

 

早速ティッシュに垂らして香りを聞いてみる。ぽたり……すんすん、すっー……んはぁ……。

 

これは……残念ながら本物からは遠い。形容しがたいが、あえてするならば、果物香とチーズのにおいとがまざったような、探せばどこぞにありそうな食べ物のにおいだ。他のふたりにも試してもらったが、やはりリアルとは言いがたいとの厳しい評価。もしかするとこれをパンツにしみこませてみたらおもしろいかも知れない。そしてパッケージの男の子がかわいい顔してなかなか大きい。

 

ところで、本物とどっちがいいかと言われると――。

 

この後滅茶苦茶ストロングゼロを飲んで今朝地獄を見た。二度と酒なぞ口にするものか。以前も同じこと言っていたような。

映画を観におでかけ

連れがぼくの誕生日プレゼントにといって新しい服を上下でかってくれた。おそらくアニメの影響で(本人談)黒シャツが好きだということで、その意向をくんで選ばせてもらった。気障になってしまいそうで自分からは手を出しづらいジャンルだ。普段はつい柄付きのデザインに流れてしまう。こうやって人に選ぶのを手伝ってもらうことで、同系統に偏りがちな自分の衣装コレクションに変化が生まれる。なんだかいつもぼくばかりがもらっているような気がする。次に連れの誕生日が来たらうんといいものを買ってあげたい。

 

その後安くておいしい串カツ屋で腹ごしらえをした。古い木造の比較的狭い店内に1時間半ほど居座って(ほぼ間断なく)ガッツリ食べたつもりだったが、ふたりで3000円ですんだ。アルコールを1杯で控えたのも大きかったかも知れないが、これでひとり分と言われても納得できるプライスだ。店側からしてみると1時間あたり2000円の売り上げしかない。すばらしい経営努力*1

 

それから映画を観た。かなり満席に近かった。例えば、橋本環奈が鼻に指を突っ込んで鼻の下を伸ばして白目をむくなど*2する、原作通りにぶっ飛んだハチャメチャバカ映画だった。映画館ではへたに笑えないのが苦しい。客は原作ファンとおぼしき若い女性がメインだったが、案外親子連れも少なからずいた。ああいうお茶の間気まずい系の作品を親子で楽しめるというのがうらやましい。ぼくはどうやったら子どもができるかも知らない純粋少年なのかも知れない。いっそそれが自分だと開き直ってしまおうか。ともかく映画はおもしろく観た。

 

 

明日もまた飲み会などがある。張り切っていきましょう。

*1:店側の心中は「酒、酒をのんでくれー!!」だったかもしれない

*2:セリフがまた原作同様ひどいのだが、トレイラーには収録されていないので割愛

久しぶりのサークル活動

10時から久しぶりにサークル活動をした。出席者が4人*1だけだったので2回練習をやった後、のんびりしゃべっていた。雑談の中にも勉強になることがたくさん詰まっている。学期中の通常練習はもっと機械的でせわしなく進行、解散といった感じだが、本当はこうやって長時間を共有してぐだぐだと気ままに練習するひとときもすばらしい。活動を媒介して人と人とがつながりあっていくような、また逆に、人間を媒介して活動自体へ神経がじわじわ伸びていくような、あの感覚。放課後の教室に居残って数学を解き続けたときの、院試勉強会で缶詰になったときの、家でコーヒーをすすりながらふたりで関数解析を読み進めたときの、あの感覚。悪化した夫婦仲をつなぎ止めるという謂で「子は鎹」と言われるが、実は子育てという活動を通して夫婦そして子がつながりあって、またつながりあった親子が子育てという活動を支え返しているのだという、活動と絆の相互作用を想像せずにはいられない*2

 

17時に、ひとりが家で荷物の受け取りがあるということで解散した。ぼくはナイキTシャツの友人といつもの居酒屋に寄って、てっちゃんの串カツを注文しまくった。ひとりで6本ほど食べた。明日は連れとまた別の店で串カツを食べる予定になっている。串カツ、串カツ、串カツ。

 

공격!!

 

失礼しました。공격と出てしまいました。 

*1:うちふたりは国際大会に出るようなすごい人たち。もうひとりはぼくと同時期にはじめたのにぼくよりもはるかにできる人

*2:こうやって先回り先回り結婚やら子育てやらに幻想を膨らませる者こそが、その後実際に得たパートナーを妄想じみたイデオロギーによって圧迫し関係を破綻させる張本人となるのである……。知らんけど

ニケおじさん

先日、久しぶりに観光だと意気込んで、自転車で市内を縦横無尽に走り倒した。その日はまだ日中の日差しの厳しい真夏日だったにも関わらず、水分補給が不足していたのか、気づかぬうちに半分熱中症にかかっていたようだった。汗をよくかいたのでさっぱりしよういうことで、おしゃれなインドカレー屋で夕飯をいただいてから、ネットで評判の高い銭湯へ、やはりまた自転車に乗って出かけた。自転車と馬の違いは何か? 馬は乗る者に「駆けよ」とむち打たれるが、自転車は乗る者を「こがねば動かぬぞ」とむち打つ点にある。

 

ようやく着いた。この時点ですでに計18kmほどを走っている。数字だけ見るとたいしたことはないが、炎天下でアップダウンのあるコースを走行しており、かてて加えてぼくは腹痛を起こしていたので、もうかなり体力がそがれていた。早く湯船に浸かってあらゆる思考を放棄したいと望んでいるところである。ガラガラと入り口の戸を引くと、風呂から上がって帰りかけた丸刈りのおじさんがわれわれを見て声を上げる。

 

「ニケ!」

われわれの混乱に乗じて再び。

「ニケやな!」

ぼくが、「ああ、ナイキのことか」と得心するより先に、ナイキのTシャツを着ていた当事者であるところの友人が答えて言う。

「ああ、そうですね、ナイキ……」

「にけちゃうな、ナイキやな。ガハハ。君らはたらいてるん? 学生? 何大学?」

 

申し訳ないが今日だけは勘弁してくれと思った。ニケおじさんがナイキの友人に絡んでいる間にさっさと靴を下駄箱にしまい、券売機を眺めているふりをした。彼らの会話は続く。

 

「わしはな、早稲田やねん。早稲田の政経や。俺らの高校すごくてな、京大医学部18人。俺ともうひとりのヤツはもう全然あかんかったけどな。俺らなんかは偏差値76やけど、あいつら偏差値83や。ばけもんやで。君ら医学部か?」

「いや、医学部ぅ……ではないです……」

「なんや、医学部ちゃうんか! あいつらは恐ろしいな」

このような調子で会話の濁流に巻き込まれてしまった友人は半分怖じけながら、何とコメントしてよいやらわからず、かといって強制的に会話を切り上げる術もなく、途方に暮れていたと後から聞いた。ぼくはてっきりまあまあうまくやっていると思い、助け船も出さず、最後まで券売機とにらめっこしていた。


どうすれば角を立てず、ニケおじさんの気分を害することなく、またわれわれも早めに会話を切り上げることができたか。ぼくは「何度か問い返す」というのが最も有効な手段だったと思う。

 

質問する相手の回答を踏まえて、さらに疑問点を聞き直したり、補足の説明を求めたりする「問い返し」には、質問に輪をかけて考える力や主体性が要求されます。

質問する,問い返す――主体的に学ぶということ (岩波ジュニア新書)

 

「相手のことを知りたい」「何としても聞き出したい」という気持ちが湧いてこなければ、質問は一度きりで終わってしまいます。

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例えば、「へえ、それはすごいですね。どこ高校なんですか?」と問えば、嬉々として「○○高校や。ほら、あの××いうところがあるやろ――」といった具合に答えてくれたはずだ。そうして2, 3のやりとりをしてから、「じゃ、入ってきます!」とでも言って切り上げれば、にけおじさんとしては若者と短いながらも自分への興味・関心・敬意を感じ取って生き生きとしたコミュニケーションをとれてうれしく、われわれも早くお風呂に入れて一石二鳥であるというわけだ。理論的には。

 

と困っていた友人に後から偉そうに講釈を垂れていたら「うるさいんじゃボケ!」と手足ぐるぐる巻きに縛られて浴槽に沈められた。ぼくはボケおじさんとしてその生涯を終えた。