やっぱり誰かと一緒にわいわい数学をやっているのがいい。ホワイトボードを囲んでする問答のおもしろいこと。図書館でめいっぱいやってから外に出た瞬間頬にあたる風のなんとさわやかなこと。みんなで一緒に食べるタイカレーのおいしいこと。

 

そうしてみてぼくにはやっぱり孤独なたたかいは向いていないんだと、悲観を交えることなく淡々と受け止められる。仲間を得て、失って、もう一度得て、そのありがたさを痛感する。

 

このささやかな、しかし実は貴重な幸せを糧に、院生生活を送る。

台北旅行 (1日目)

前回のエントリからずいぶんと間があいてしまった。無事免許を取得できたりなんやかや細かいことはいろいろあったけれども、個人的ビッグイベントとして2泊3日の台湾旅行があったのでそれについて書く。

 

卒業旅行(今度こそ本当に卒業!)として、連れと台北あたりを観光した。われわれの性格上厳密なスケジュールを自分で立てたところで計画倒れになるのは目に見えていたので、地球の歩き方の例から実際の状況に応じて引き算し、時間が余ればネットなどに書いてあるおもしろそうなところを訪れてみるという戦略をとった。例えば、朝何時に起きてどこどこへ行くという計画をとると、どうがんばっても二度寝をしたいという欲求と衝突する。そのようなことを避けたかった。

 

第1日

 

まず関空から桃園空港。実はここが最難関で5時起きからの6時前の電車に乗れたらこの旅行は成功したも同然だ。ふたりとも徹夜でがんばった。えらい。一旦飛行機に乗ってしまえば、うつらうつらしているうちに着く。

 

着いたら適当に4万円くらい両替をして、悠遊カードを買ってMRTに乗る。悠遊カードは日本で言うICOCAやスイカにあたるICカード。そしてMRTは高速鉄道。空港から台北市内までの40kmを35分で駆け抜ける。車内はとてもきれいで、キャリーバッグを置く荷台がついており、トラベラーフレンドリーな印象を受けた。公共交通機関が清潔だとやはり安心する(小汚いなら小汚いなりのおもしろみはあるが)。

 

ホテルは台北駅の近くにあった。シャワーおよびトイレがガラス張りになっていて、いわばきれいめ路線(?)のラブホテルのような雰囲気だった。残念ながらAVは配信されていなかったしコンドーム等も用意されていなかったので、多分そういうことではない。

 

とりあえず小籠包などを食べに行く。当然のようにおいしい。もっというと日本でもお金を出せば食べられそうな、常識的な味。このまますべてが予想の範囲内におさまってしまわないかという懸念はあったが、一発目の食事からインパクト追求路線をとらなければならないわけでもなし、満足しておく。

 

世界8位の超高層ビル台北101を見に行く。天候が悪く、あまり遠くまで見渡せなかった。建物の中には巨大なボールがぶらさがっていた。……そう言えば台湾も日本と同じく環太平洋造山帯に含まれていて、地震が頻発する。現につい1か月前にも大きめの被害が出ている……なるほど、そうかそうかと納得していたらwikipediaに「いや、風圧対策やで」と書いてありました*1

 

ここまでそこそこ楽しんではいたものの、無難な見所ばかりまわる普通の観光をしていたのでは終われないというハングリー精神を発揮して、とうとう夜市にいった。いかやカキといった海鮮系の屋台、あげ団子の屋台、丸鶏のローストをつるした屋台、チョウドウフ料理の屋台などが肩を並べているから、一歩ごとに鼻に入り込んでくるにおいが変わっておもしろい。もしこれが2泊3日ではなく長期滞在だったなら腹を壊そうが熱を出そうがかまわずあらゆるB級グルメに挑戦していただろう。いや、もしかするとまだ台湾という初めて訪れた国に対して身構えていたところもあったかも知れない。いくら物好きを自負しても、やはりびびるときはびびる。危ない香りのする誘惑を通り過ぎて、(屋台ではない)カキオムレツの有名店に入ることにした。ついでにデザートに「ライスケーキ」くらいつもりで「米糕」(ミーガオ)を頼んだら豚の味ご飯が出てきたので、カキオムレツといえばやっぱ米糕でしょとわかったふりをしながらおいしくいただいておく。

 

徒歩でホテルに戻る。連れは早々に入眠。ぼくはさっぱりしようと前述のガラス張りのシャワールームに入ったのだが、若干立て付けが甘かったらしく閉じ込められてしまった。しばらく孤軍奮闘するもこのままではらちが明かないと判断し、壁面をこんこんたたいてぐっすりお休みになっている連れを起こして協力を要請した。全裸で助けを呼ぶぼくを見て周章狼狽する連れを見て、ぼくは他人事のようだが内心少しだけ愉快になった。それが心理的によいほうにはたらいたのか、数分間の奮闘の後、ついに努力は報われ、脱出に成功した。

 

第2日以降は気が向いたら書く。明日からはニケやゼロ(両者とも当ブログ既出人物)と四国に行く。

*1:しかし壁面の説明書きはいかにも免震のための設備と書いてあった。よくわからない。とにかく揺れに強いらしい

1月下旬から2月第1週までゼミの仕上げにあくせくしたり、名古屋やら東京やらへ飛び回ってはなはだ忙しかった。そのつけがいよいよ回ってきて、東京から帰ってくる日にインフルエンザを発症した。B型だった。帰宅してから1日待って病院に行った。特効薬を吸入して熱は割とすぐにとれたが、のどの痛みが火でも噴いたのかというほどひどかった。痛さのために夜中に目が覚め、耐えきれず、毎食後に飲むべき痛み止めを追加でのんでごまかしたほどだった。いまは咳のしすぎで腹筋が痛いほかはありきたりなレベルの苦痛ですんでいる。

 

ブログを更新していない間にふと思い立った。目の前の苦痛の由来をもとめて過去に遡及するのはだいぶん控えたほうがよいのではないか。問題は一過性・一時的のものではないという重みがつくため、他人の同情を買い支援を得るには確かに役に立つことしばしばではある。が、問題解決のためには自分でつけたこの重みがまさに足かせになる。絡まった糸のうちいま重要な1本に集中すればよいのに、全体をほどくべしという問題にすり替えてしまってどつぼにはまるような感覚とでもいえばいいだろうか。

 

さらにいうと、大抵その問題とやらが本当に問題なのかもあやしい。確かにある種の傾向が認められるといえば認められるだろうし、その根源を追求すれば好むと好まざるとに関わらず、どうせさんざ繰り返し持ち出してきた「わかりやすい」着地点しか見いだせない。それで一見取るに足らない痛みをいわば歴史によって権威づけて大げさに騒ぎ立ててしまうのだが、ある種の楽しいことの最中もしくはその後しばらくはだいたいさっぱり忘れられていられるし、思い出しても何の痛痒も感じない。

 

裏返すとこれは楽しいことが切れるとだいたいぶり返してくるということを意味するのだが、これをどうとらえるべきかは人生をどういうものだとみなすかという価値判断の話に近づいてくる。つまり人生とはショートタームな事柄の蓄積(消化)であって、その場その場をどうしのぐかという問題にほかならないと思うか、はたまたストロングゼロなどで毎日をごまかしながら生きるのではなく、むしろ長い目で見て後悔のない一生をつくりあげるべきだと思うか、みたいな。これはまあ居酒屋で友達とでもやればよい話。とりあえず自分で考えておけばよいのは、そういう痛みを忘れさせてくれる楽しみをどうやって見つけるか、その幅を広げるか、その質を高めるか。

最近は至極内容の浅い、自分で読んでいて薄ら寒いものしか書けていなかった。気づいたら世界の周縁部にぽつねんと座っていて、何事かなさねばならないとか、人生を構築し直さなければならないとか、そういった義務感とも使命感とも自我の欲求ともつかない(あるいはこれらはあらゆる精神現象の責任をエゴに押しやるいまの世の中においてはすべて同一視されるであろうものたちだが)ものをごちゃ混ぜにして放置してきた結果だ。完全に忘れていて放置していたのでも、わざと先延ばしにしたのでもなくて、何とかけりをつけよう、改善しようと神経は忙しくはたらいていたつもりが、知らない間に問題の核心を迂回するためのむなしい取り繕いにすり替わっていたことに、後から気づくという感じ。

 

取り繕いの行為そのものによって自分自身に対して「自分はなんとか状況を打開しようとがんばっているから」と不実の言い訳をしていたようにも思われる。その不実とて明瞭に悪意を以て企図した不実ではなく、ただほかになすすべの見当たらないままになし崩しに陥った状況をうけいれるための、事後承諾の方便として用いた不実なのだろう。確かに葛藤はある。あるにはあるが、自分で自分の葛藤を追跡することができない。何と何との間で揺れていたのかわからなくなる。しまいに疲れて自分のアホさ加減に嫌気がさす。


ガソリンを食ってエンジンを回そうと努めたし一応回ってはいるのだが、そのエンジンはどこへも動力を伝えていない。ヴンヴンと回って、無意味に煙を排出して、おしまい。人生の何の役にも立っていないのをうすうすわかっていながら、その考えを追い出すためにいっそう無闇にエンジンを回す。回す。回す。書く。書く。書く。そうして目の端で世界がなんとなく動いていくのが見えている。錯覚して自分も何かしら意味のあることをやっているような気分になる。親が仕事をしている横で物心のついていない子どもがそのまねごとをやってよろこんでいるのと選ぶところはない。いや、子どものまねごとは真に無邪気で当人がよろこんでやっていることだから、意味に満ちあふれている(いつか分別が芽生えたときに役に立たないことを悟って多少落胆するかも知れないが)。

 

何もかもうまくまとめようとしてしまってるやろ、君。まとまった結果や意味を性急に求めてしまっている。とりあえずやってみて、まとまらんかったらまとまらんかったわワハハ次行こでええやないか。何をそんなにあわててるんや。誰も見ていないのに取り繕おうとするのはなんでや。そんなに人生がうまくいっていないのがこわいんか。自分でうまくいっていないととりあえず認めてしまって、しかるのちにしかるべき善後処置を施そうという気概はないんか。そんな精神的に老け込んだと決めつけてしまってええんか、なあ、後何年生きんなんと思っとるんや。そんな狭い部屋の隅に縮こまって、何も苦しそうに見えない世間と外面だけ合わせててもどうしようもないからな。

 

ああ、やっぱり心の中で定まっていないことを書き出すのは、私においてすら心許ない心地がする。ましてブログで書いてさらしておくのはもっと心がぐらつく。以前自分でかいた絵や文章などと直面するなら、まず自分ひとりで静かに向き合わなければならない。一目見たときに反射的に赤面して目をそらしたくなるのをこらえていると、だんだんと当時のことを思い出してくる。当時それをどれだけがんばってかいたか、あのときの自分は真剣そのものだった。後から汚点扱いされるなどとは知らずに打ち込んでいたではないか。

 

もしかすると汚点扱いされるかも知れないという不安をついにはねつけた上でそれをやっていたかも知れない。このときにこんな風に過ごしていた自分を恥だと思わないだけの良心をどうかそなえていてほしい、こんないまの自分を肯定してくれるのに十分な器を未来の自分にはどうか持っていてほしい。つまり、未来の自分が人生という大きな枠組みにおいて失敗していてほしくない。すりきれてくたくたになって、現在に至った原因である過去を拒絶しなくてはならないような、憐れな人生を送っていてほしくない。そんなメッセージまでもが連想される。

 

いや、ごめんて。なんとかする。なんとかするわ。ちゃんとまっとうで充実した人生を送るって。そんな時空を超えて膨らんだ期待をどばーっとかけんといて。

 

そう言いながら自分からかかりにいってるやないかという分析もある。そうやって自分から苦しみに突っ込んでいくのが好きやな、昔っから。

 

 

数学は人生を豊かにしてくれるが、人生そのものを成り立たせてはくれない――というようなことを思って電車にのっていた。こと人生が自分の手から滑り落ちて、転がっていくのを追いかけるのに精一杯であるときにやれるものではない。数学から暮らしを整えるという境地に達することができればありがたい。数学をやらなければ具合が悪くなるというのはかっこいいが自分が経験するにはちょっと行き過ぎの感がある。とにかく、うまくいっているときには大変興味深いものであるには違いないが、平衡を失って頭がそちらへ順応しないときには真っ先にリストラされる地位をいまだ脱していない。

 

もっとも、数学を通じたコミュニティの広がり、人との交流が、ハリとうるおいと刺戟を与えてくれることには相違ない。しかしこれは家に独座して数学書とにらめっこしていて得られるものとは峻別されなければならない。これを見誤って苦しみのうちに起臥したのが前3年間ほどである。人との交わりよりも先に学を入れておかなければならないと肩肘張って背伸びをして、失敗した。ついに穴ぼこだらけの知識をもって最終学年を迎えた次第である。

 

バランスを取り戻す方法はひとつではないけれども、今回エンジンを開始させてくれたのは人との交わりだった。だからといって、次に失速したときも同じものを求めてうまくいくとは限らない。意識の上では人間関係が増えるにしたがって物事が回り始めたように覚えているが、実は本を読んでいたりニコニコ動画でくだらない動画をみて笑ったり北朝鮮の音楽を熱唱していたりするのも、他の人生を追体験したり内圧を下げたりするという点で、必要な補給であったり休養であったりしただろう。

 

このごろは『レ・ミゼラブル』と並行して、夏目漱石をずっと読んでいる。昔から、おそらく高校の教科書で『こころ』の下巻を読んでから夏目漱石をなんとなく気に入っていて、以来その感覚を手がかりにして断続的に手を出している。まだすべての作品を読破したわけではないが、いずれそのつもりでいる。

 

ところでこれはささやかな自慢混じりの話だが、あえてひとつ記しておきたい。教科書で読んだ『こころ』に衝撃を受けてから、その全編を読んだ。それで読書感想文を書いたら担当の先生にえらい文章力やとほめてくれた。これはいまでもときどき思い出し、そのたびにほんの少しじわりとあたたかい気持ちになっているところをみると、ぼくのくたびれた心を支える柱の小さな1本として立派に機能してくれている。ぱっと読んで受けた印象で言ってくれたことだっただろうが、数年の歳月を経てなおときどきぼくを慰めてくれる思い出をくれたということに、感謝の念を抱かずにいられない。ただの自慢だったらもっとうぇいうぇいと冗談めかして書くところだが、それよりもぼくは担当の先生がくれた言葉のありがたみを表したくて、真心をもって記した。

 

ここまでつらつらと思いつくままに書いていたが、ひとつここでそれらの点をささっと結んでみたい。ぼくの人生をうまく回してくれるものは何かという問いに対する暫定的な答えとして先ほど呈したのは「人との交流」であった。しかるにたったいま、すさみがちな心をあたためてくれるのは、おそらくちゃんと自分のことを評価して、それをちゃんと伝えてくれることらしい、ということが見え始めた。ちゃんと評価してくれる言葉は、じんわりと確実に心にしみて、機会があればいつも思い出すものだ。そして最近の様子を振り返ると、ぼくのことをいろんな点で、また些細なことでも、正確に評価してくれるという機会が増えたのだろう。人との交流が増えたら自然そうなる。

 

去年はしばしばニケと鳥貴族でのんでいた。あとはたまにゼロや、ほかの学部の友人とのんだりもしていた。そこでも日頃の憂さを晴らし、互いの傷をなめなめしあいながら、互いを能う限り正当に評価しあっていた。しかし、それもせいぜい週1回あるかないかという程度だった。ぼくも彼らもそれなりに忙しく、またそれなりに不安を抱えていた。

 

ぼくの方ではそれに加えて自棄を起こして閉じこもっていた。外界との交渉を極力もたずに、規則のかけらもない生活を送って、インターネットに依存してただぼんやりと苦しい毎日をやり過ごしていた。ところで、この依存というのもややこしくて、第一義には一般的な意味における、すなわちほかにやるべきことをそっちのけで度を超してやりすぎてしまうということだが、加えて第二義として、インターネットをやっていると避けられない不愉快な瞬間――悪意を源泉とする言動、鬱憤晴らしの暴力的な書き込み、はた迷惑で愚昧な独善、誤りとして切り捨てることはできないが個人的に傷をえぐられるような主張――をいやというほど経験してもなおディスプレイにかじりつこうとするということもある。第一義の方はアルコールに依存するようなもので、第二義の方は、いわばアル中夫から離れられぬ妻の心理、すなわち共依存のようなものである。世間一般において第一義の依存と第二義の依存を経験する主体は別と考えられているが、ぼくはそれをひとりで同時に体現したわけだから*1、この点についてはまあ武勇伝と思ってぼくに一目おいていただくだけの価値を有すると自任するところである。

 

無闇に複雑でおもしろくない冗談はさておき、正当に評価するというのがどうやら大切であるということが見えてくる。必ずしも正確でなくてもよい。能う限りでよい。能う限りを追求するというのは誠実であることに努めるということだ。

 

そしてまた出た、出ましたよ「誠実」という単語。やっぱり、ぼくはそのあたりへ帰着するしかないのだろう。あるいはそのあたりを出立点として、誠実であるとは何か、正しい決断とは何か、善く生きるとは何か、そういったことを問うていくしかないのだろう。そんな命題を背負っていくのが、ぼくの縛めというか、使命というか、アイデンティティというか、何というか。

 

その誠実やらなんやらを総じて徳とでも仮称すべき事柄が重大事として持ち上がってくるのは、やっぱりどうしても昔に踏み外した道が、数学をしていても、本を読んでいても、ゼミをやっていても、その間隙をすり抜けて呼びもしないのにあらわれるからなのだろう。戦争反対の声が上がるのは戦争を意識しなければならないだけの理由、戦争の機運がいやしくもあるからにほかならない。満ち足りて幸福に暮らしているところへ人生の意義を捻出する必要はなく、清廉潔白を自負するほどに吹っ切れているところへ道徳の話を蒸し返すいわれはない。

 

*1:ただし、高校時代のあれは共依存ではない! ということで通すつもりができあがっているので、そのあたりよろしく「共依存」を脱いでゆく - The Loving Dead

今日も距離が入らなかった。突然どうしたと疑問がくるので先に答えておくとp進距離が導入されなかったのを苦にしている。整数論をやるとなったらきっと通る道だそうで、環に距離が入ったら完備化、完備化できたら位相の定義、位相が入ったらおめでとう、アデールやらイデールが産声を上げる(追記 うそにちかい。ただp進距離による位相をもって完備化すればすぐp進はできる。そうではなくって妙ちきりんなことをしたければ逆極限で直積をとって、その上で位相がどうのこうのらしいけれどもよく知らない。自身の弱さ、はかなさを思い知る。受け止める。そして歩き出す)。新たな環がはじまる。父母たる完備化、位相がひととおりではないそうだから、この新しい環も非凡な性質をもって斬新な知見をもたらしてくれるとかくれないとか。この話をどこからきいたか。毎週木曜日に催している代数的整数論集会の相方――おそらく初出なので彼の名前をサーフェスとおく。いつもサーフェスを使って部屋を確保してくれるから――が教えてくれた。

 

そういう話をきくと俄然どういうものか気になる。気になるけれどもぼくはまだ距離すら入れていない。順当にいけば整数論ゼミで先週あたりに出てくる予定だったが、その前に教養として初等整数論をおさらいしておこうということで、急遽おあずけを食うことになった。いや、おさらいといってはまるでかつては勉強したことがあったかのような言いようだが、そうではない。眼帯の下に古傷があるふりをしてもしょうがない。とにかく知ってること知らないことない交ぜに読み進めながら相互法則までたどり着いて、一件落着、ようやく次回くらいからp進できるという運びとなるはずだが、もうすぐ冬休みがはじまってしまう。次回とはいつのことか。ノリと勢いだけが知っている。

 

代数というと、幾何みたいにひねくれた空間でものを扱ったり、解析みたいに脳筋を行使しなくてよい、いわば舌先三寸、道楽の世界だと思いなしていた。自分は正直で筋力もない、浮ついたおっさんみたいなものだから不等式やら連続やら触らずともコンビニで酒とつまみを買ってから滅多に人が来ないところなんでそこでしこたま酒を飲んでからなんとかなるような気がしていた。

 

まあそういう風に生きていかれんことはないが、そのような狭い世間で得られる成果は推して知るべし……ということにようやく気がつき始めた。すると、ぼくひとりがぽつねんと有限な子どもの世界に取り残されたかのような錯覚におちいる。

 

いや、ここでごまかしてはいけない。自らすすんでとどまったという側面を落としてはいけない。道を見失ってから再び歩み始めるまでに時間がかかりすぎた。呆然と立ち尽くし、孤立に悩みこんでしまった。動き出すのにも無料では通らないから原動力を見つけてこないといけないが、それが人との交わりだということに気づくまでに大変な時間を要した。

 

「人との交わりが原動力」よりはもっと解像度を高い観察をしたいところではあるけれども、まあ、これを意識におくだけでも不調であるときにとるべき行動が絞られるからよしとする。一面では超然悠然泰然としていても差し支えないだろうけれども、やっぱり自分も人間であって社会の一部であって他者との関係に支えられて生きているのだから、それをないがしろにしたら中空を見つめて虚無を生きる苦しみを甘受しなくてはならなくなることは記憶にとどめたい。もともと人を毛嫌いしているわけではなく、ただ自分が不器用さがもどかしくなるだけなのだと割り切って、割り切れなくてもとりえあずそういうもんやとのんでおいて、ねっとり主義でやっていくしかない。

 

あ、メリークリスマス。ハッピーホリデー。ホリデーちゃうけどな。

腹立ちぬ

教習所の教官には、可能ならばとなりで運転すること謹んでお断り申し上げたい部類がいくらかいる。大同小異周辺からそのように脅かされてきたから、どんな魔境やと前頭葉に負担をかけて入所からしばらく過ごしてきたが、何のことはない、大抵平成的にあっさりとしかしひとつひとつ丁寧に、さもなくば昭和的に愛想よくおおらかに教えてくれる人ばかりで肩すかしを食ったと思っていた。第1段階修了までは。

 

第2段階に入ってからまだ半分にも到達していないうちに2度ほど(それぞれ別人)閉口せざるを得ない手合いにあたっている。何に閉口するかというと、イライラをわざわざ態度に、言いぐさに、息づかいに、ありとあらゆる手段に訴えてあらわにしてくるのに弱る。仮に何者にも邪魔されることなく対面して話したら話せんことはなかろう。ただ運転中にカリカリと差し迫ってくると困るのである。これも教育の方便であって、後に生きてくると言われたらその理屈はひとまず買うことにするが、実際されてみて愉快なものではない。かえって事故を起こしそうな気にもなる。

 

ひとつひとつのミスを指摘するのはよい。どうしてダメなのかを説明するのも、注意を促すのもそれ自体は大変ありがたい。ただ念のための確認を入れたらいちいちキレた大和田専務のごとく鼻でため息をつきながら声を低くし荒げて理解力を疑うようなひとことを付け加えたり、磯野家当主のごとく周波数の高い怒声を用いて血気盛んにしかしねちっこくミスを復習されるような環境で30分もハンドルを握っていたら、こちらもさすがにじりじりと追い詰められてくる。窮鼠として猫をかむ義務が立ち上がってくる。というか単に腹立ちぬ。さりとて帳簿を投げつけて「うるさいんじゃい」と一転攻勢に持ち込もうとしても失敗に終わることは歴史の証明するところであるし、そもそもそんな胆力が備わっていれば高校中退などせずに済んでいる。

 

とりあえず出任せに「そうですねえ右折のために進路変えたんやからまっすぐ行く理由はないですねえええうん(早口)」とたたみかけておき、さらに機会をみてほんの心持ち勢いよくアクセル・ブレーキペダルを踏み込むくらいのものである。どんな長大なプログラムもどんな長編小説も窮極ひとつの自然数、もう少し推進すれば0と1だけで表現できるようになって久しいこんにちにおいて、ペダルの踏み具合で「う」「る」「せ」「え」「ぞ」の暗号を発することなど雑作もない。すると「ペダルはもう少しやさしく踏んで」と言われても、先ほどまでの嫌みは相当抜けている。オタク特有の早口*1が功を奏したのか、暗号が解読されたのかはわからないが、ひとまず溜飲は下がる。

 

溜飲が下がると、今度はかなしみが上からふってきた。第一に何らかの傷を負ったということそれ自体がかなしかった。責任を自身の伎倆と精神の未熟に帰しても余るものがある。第二にその傷をかばうのに講じた防衛策の浅はかさがかなしかった。やり返すにしても両脚で毅然と立って正正堂堂とではなく、こそこそともったいぶったやり方に出た。第三にこの出来事を通じて少しでも真に受けたところがあるということがかなしかった。振り返ってみると、何もかもしょうもなく感ぜられるし、検討することすら無益でアホらしいような気もわいてくる。この出来事もはなからブログのネタにしてやろうと意気込んで検討したのではなくて、知らぬ間に途中まで考えかけて愚であると気づいたのだが、すでに引っ込みがつかないほど風呂敷が広がっていたのでいっそ日記になるまでこの道を貫徹してやろうと開き直ったまでである。

 

それでも自分自身のこととして引き受けるのなら、しょうもないこと、あほらしいこと、つまらなそうなこと、そこへ考えを巡らすこと自体がやましいようなことをごまかして素知らぬふりをするのではなく、まずはかけらでも正直に受け止めなければならない。どうせ避け続けたところで心の澱になって、ふとぐらついた拍子に舞い上がっては目の隅にちらちら映り込んでくる羽目になる。

*1:あたりを見渡して自身にオタクを自称するだけの資格はもたないと承知の上のことだから、厳密にはオタクの威を拝借したということになる。ついては本脚注をもって謝辞とする