健康診断をした

先日、本でも買おうかと附属書店へ立ち寄ったところ、健康診断を受けないかと声をかけられた。生協系サークルが主催している独自のイベントであるようだ。新学期に学校が公式にやっている健康診断が知らない間に終わっていたので、これは都合がよいと思って受けてみた。肌質評価はうるおい、脂、やわらかすべてにおいてややマイナスになってしまった。まあもともときめの細かい方ではないし、軽度ながらアトピー持ちの乾燥肌なので、これはしかたがないと思っている。手軽な改善法があればよいのだが。体組成は、恐れていたほど体脂肪率が高くなかったのでよろしい。血圧は至適。体内年齢は21歳と、実年齢より若くでた。いたって健康。ところで肝心の本を買う時間はなくなって、本意を果たせず書店を後にすることになった。


本は1984がおもしろい。

 

'Listen. The more men you've had, the more I love you. Do you understand that?'

'Yes, perfectly.'

'I hate purity, I hate goodness! I don't want any virtue to exist anywhare. I want everyone to be corrupt to the bones.'

'Well, I ought to suit you, dear. I'm corrupt to the bones.'

'You like doing this? I don't mean simply me: I mean the thing in itself?'

'I adore it.'

 

 このあたりなどはすっとした。

 

ぼくは連れが東京でだらしなく手当たり次第に関係を持って遊び回るのをときどき妄想してしまう。ぼくにかまわずに。必ずしも寝取られたいわけではない。ぼくがいなくても、いや、現実にぼくがそこにいないからこそ、ぼくは連れの世界に大きな顔をして居座りたくない。ふたりきりの、何が真実で何がうそかが判然としない、ああいう心許ない世界はもうこりた。おそろしい。ぼくはついついその対極を意識してしまう。これは連れ本人にも何度か言ったことがある。連れは、どちらかというとヤンデレみたいなのがであるそうなので、なかなか適合しない。この場合は適合しないほうがよいのかもしれない。仮に思い立って「暇な女子大生2号」などになられでもしたら、あまりぼくが相手してもらえないような気がする。それはそれでさみしい。

 

目下、連れはダンガンロンパなどのゲームにはまってだらしない生活をしているそうなので、ぼくはそれで十分だということにしている。どうか自分の楽しいように、好きなように生きてくれ。

 

体は健康だという結果になった。心の中はわからない。心の闇は、なかなか頑固。水にたらしたインクのように、取り返しがつかない。長い時間をかけて薄めていくよりしかたない。

お前が拒んでるんやで

結局、ぼくの方こそ心を開けきることができんかったというだけのことなんやろな。

 

サークルに入って、あるいは卒業ゼミに参加して、あるいは院試ゼミなるものに顔を出したりして、人間関係の幅がぐっと広がってからしばらく経つ。無目的の集まりではないので、忙しい面もあるが、うまくリラックスして楽しめているのではないかと思う。思ったよりも世の中には懐が深い場所が点在している。そのような環境で過ごしているうちに、自然と「ぼくの方が壁を作ってたんやな」と思えるようになってきた。

 

高校で憂き目を見てから、そこかしこをさまよって、ときにわけのわからん集まりに参加してみたりして、外大に入って、浮き沈みありながらもなんとか友達を作ったりして、それでもやっぱり数学をやってみたいと思って、覚悟を決して予備校行って、失敗の許されない受験をした。やっと入ったと思ったら、今度は授業が難しくて、毎回行くのがしんどくて、長年めちゃくちゃな生活をしていたせいで脳がすっかり衰えてしまったのだと半分本気で思ってみたりして*1、それでもなんとか単位だけは卒業できるように揃えることができた。

 

人生で苦労をしているのはぼくだけではないということを、重々承知しているつもりだった。「なんて不幸なんだ」という態度をぼくはもってはいないはずだし、またもつべきではない、と。それは、まあいわば「悲劇のヒロイン」の世界に心を明け渡した苦い経験に裏付けされた認識だ。むしろ反発心といった方が正確かも知れない。

 

ぼくが他人と積極的に関われなかった理由が数学科の雰囲気にあるというのは部分的には正しいかも知れない。まったく主観的だが、そういう「拒まれている」という印象を持ったのは事実だからだ。だが、その「拒まれている」という感覚をもたらしているのは、数学科そのものよりも、自分の過敏な心性のほうだったのではないか。これまで何のサークルにも入らず、勉強会もごく内輪でしかやらず、教室でもふさぎ込んでいた*2自分にこそ、人と交わる機会をつかまなかった"責任"があるのではないか。

 

実のところ、そういったことは春ごろにはうっすら感づいていた。が、ある程度「受け容れられているな」という実感を持ったいまこそ、「自分のガードが堅すぎた」という判断を下して、これからの付き合いに対してよりオープンでいられるように心がけていくことができる。望みのとぼしいうちに下す判断は、得てして自分の可能性を損ねる方向へはたらいてしまう。安定して望みをもてそうなこのタイミングでこそ、過去3年間の人付き合いを振り返る意味がある。


そう言いつつも、どこかで見限られる不安がないわけではない。いま受容されていても、いつ拒絶されるかもわからない。あるいは、自分がついていけなくなるかもわからない。そうしたときにどこまで気丈でいられるか。

 

安定して望みをもてそうなと言ったが、重大な見落としがあった。まず、院試に受かるか。やばいと思う。

*1:抗うつ剤などの薬を長年服用していたので、そこへ原因を押しつけようと試みた

*2:「そもそも教室に存在していたのか」という異議申し立てもあるが、それは北朝鮮でいうところの無慈悲な懲罰というものだ

「孤独の作業」に風穴を開けてね

今日のサークル活動中にGeorge Orwell1984の話が出てきた。まさにいま読んでいる本を誰かが好意的に触れてくれることはうれしい。競技の準備時間な中での1分ほどの雑談だったが、ぼくが自宅でひとりで没入している世界が、何気ない会話で引き合いに出してもらえることに、ささやかなよろこびがあった。ぼく以外にも同じ本を興味深く読んでる人がいる。そこに、孤独の作業をするわたしと、人と関わるわたしとの接点が生まれる。そのとき、その孤独な作業はもはやわたしだけのものではなく、すでに共有された取り組みである。

 

勉強は孤独であるものだと耳にすることがある。ぼくはあまり注意深い人間ではないので、試験勉強という特殊な目的を持つ勉強によく取り組むためのヒントなのか、もっと広く一般の勉強についてのべき論なのかは知らないが、まあぼくは孤独は大抵の場合、毒にこそなれ、薬にはならないのではないかと思う。大抵の場合というのは、あらゆる人づき合いを棄てて、この分野で成就大成してやろういうほどの悲壮な決意を固める、例えば関口存男のような少数派の非凡なるパーソナリティを持った人たちを除いて、ということだ。自分にとって意味のある人間関係、心の支えになっている人をあえて拒んでまでひとつのことを貫き通す行為は、孤高と称すべきものであって、必ずしも高尚で見習うべき心構えというわけではない。自分が安定して継続できるやりかたを見つけて、それでやっていけば言うことはない。そして多くの場合(?)、その継続可能なやり方は、孤独を突き詰め深めていく道ではなく、孤独な作業に一点の風穴を開けて、外部の清風を与えてやることだったり、「孤独の作業をするわたし」と「人づき合いをするわたし」とを接続してやるといったことだろうと思う。

 

おやすみ。おやすみの時間ちゃうやろという意見もある。

6月は晴れの日が多く、今年は梅雨を忘れてそのまま夏になってくれるのかと思ったが、普通に1月おくれでやってきた。雨の中銀行へ払い込みに行って、かえって一息ついてから、受領証を書類に貼り付け、薄っぺらい学業の軌跡を、ボールペンで黒黒と提出書類に書き込んだ。

 

ふすま1枚隔てた隣の部屋のテレビから、北朝鮮がミサイルを発射したというニュースが聞こえてきて。俄然気になったのでしばらくYouTubeをあさっていた。朝鮮語はわからないが、言葉については朝鮮中央通信やら「わが民族同士」の動画をひたすら翻訳して投稿してくれるチャンネルがあるのでそちらにお任せしている。

 

生きているうちに、いつか北朝鮮へ旅行に行って生のコンサートでもきけないものかと思っていたが、この間ワームビアさんがなくなったと聞いてから、すっかり気がそがれてしまっている。モランボン楽団が日本へ公演しにきてくれればいちばん便利だが、その可能性は低いだろうと思う。中国かロシアでの公演に期待するのがいちばん現実的だろうが、2015年の北京公演のドタキャン騒ぎを踏まえると、さほど見込みがあると言えない。

 

音楽は相変わらず「この地の主人たちは話す」をききたおしている。玄松月版とモランボン版とをプレイリストに入れてリピート再生。ノートに歌詞を書きうつして、歌えるようにもなっっている。カラオケで歌える日が来ることを切望する。

笑ってください

エントリの下書きや野暮用の覚書が整理されることなく溜まるばかりの携帯のメモ帳を見返してみた。今年2017年5月31のメモに「朝ごHahn分解し切れず腹痛を起こす」とあった。

 

あ、朝ごHahn分解し切れずに……?

 

あ、朝ごHahn分解?

 

えっ、えっ、あっ……ああ、あはは……。

 

なんと恥ずかしい、関西人としてのセンスを疑われかねないしょうもないギャグである。ただ、当時の自身を強いて弁護するならば、これは本当に事実、即ちこの日確かに普段食べない朝ごはんをとった後、通学途中の電車内で軽い腹痛を起こしていたはずだ。そしてぼくはその痛みを半分ごまかすために、大袈裟に気取った言い方をすれば、痛苦を笑いへと昇華するために、掛詞というレトリックの力を拝借したのである。

 

笑いはぼくたちが知らず識らずのうちに抱えている心の重荷をすっと引き受けてくれる。そうして行く末の遠くて見えない、長い人生の歩みを助けてくれる。

 

笑いは、足りてますか。ここ1週間で、ふっ、とわずかにでも失笑した瞬間はありましたか。周りに合わせて強いて大きな声で笑わなくてもいいんです。自分のペースで笑ってください。場の圧力によってではなく、内から自然とわきおこる笑いを笑ってください。スマイルでいいんです。

 

いよいよ新興宗教じみてきたので、ここでフリック入力を終わる。

わからない

月末なのでそろそろ報告書を書かねばならないが、いかんせんPCの機嫌が悪い。サークルの大会が終わったらひと息つけると思っていたが、人生は続く。外界はぼくを動かすが、ぼくは外界に作用できるだろうか。ひと頃ほど自分で自分をダメになってしまったと強く決めつけてはいないが、その頃自分に押した烙印がときどき疼くように「やっぱあかんのかな」という心のささやきがきこえてくる。何に対してということはない。そんなことはないとわかっているが、この世に共鳴できる対象が存在するのか、あるいはそんないるかわからないようなものに頼ろうとするのが間違っているのか。どうも頭が悪くなっているように感じる。歩いていてもふわふわ漂っているようで、前後不覚というほどでもないが、いまいち実感を欠く。学校から駅までの距離が日によって違う。よくわからない。自分でよくわからないことにしてしまっているのかもしれない。手がかりがほしい。

 

銀の匙を読んでいる。よい。

北朝鮮音楽が天下第一によい

この頃は北朝鮮の音楽にはまっている。北朝鮮ポップスの歌詞にも曲によっていくつかの方向性がある。例えばひたすら個人崇拝に走る歌詞は個人的にあまりおもしろくはないが、人びとが自覚する使命を歌ったものや、万難を斥け明るい未来に邁進する内容は、聴いていて明るい気持ちになり、勇気をもらえるようで好きだ。プロパカンダでも、現実より著しく乖離した理念でも、歌から伝わる情意は本物の手触りがあると感じる。歌を通して社会主義とか個人崇拝を見るとき、ぼくにとっては、それらは「情熱の容れ物」に過ぎない。ぼくの中では、歌の引き起こす情動がプロパカンダという当局の目的を離れて独り歩きしている。

 

特によく聴くのが『この土地の主人たちは話す』で、「私たちはなぜ、社会主義を守るのか」という問いかけに哨兵、溶解工、農家がそれぞれ彼らの運命、生活、幸福であるところの社会主義を銃、鋼鉄、米で守ると話すのだ、という整然とした構成が心地よい。また、「私たちはなぜ、社会主義を守るのか」という深刻な問いかけは幾分サスペンスっぽいメロディになっているところから、返答する部分に明るいメロディに転調するところがクセになる。ニコニコに上がっていたとしたら、「ここすこ」とコメントを投下している。

 

夜も遅いのでろくに見返さず寝る。推敲していないので、北朝鮮ポップスファンでなくては意味不明だと思う。